ふと目を伏せた瞬間の横顔に息をのんだ。はっとするほど美しい。歌舞伎の二枚目を演じるために生まれてきたような容貌。だが、歌舞伎俳優の松本幸四郎は決して、そこに安住してこなかった。江戸の粋な二枚目から上方の人間くさい色男、悲劇の武将から、新作歌舞伎、劇団☆新感線への出演…。日本中が新型コロナウイルス禍に陥った昨年からは「図夢(ずぅむ)歌舞伎」と銘打ったオンライン配信の歌舞伎を創作、ほとばしる才気と情熱で、伝統と革新を双肩に突き進む。 ■二度と取り戻せない 「歌舞伎役者を名乗っている自分がいるときに、歌舞伎をなくすわけにはいかないと思った。衣装、鬘(かつら)、大道具をはじめ歌舞伎を取り巻くすべての技術は、一度止まってしまうと、もう二度と取り戻せない。そういう思いにもかられた」 歌舞伎界全体を見渡す目である。 江戸歌舞伎の名門、高麗屋の跡取りとして若い頃から注目され、3年前、「勧進帳(かんじんちょう)」の弁慶を力強く演じて、高麗屋の当主名である松本幸四郎を十代目として襲名した。 しかし、高麗屋の血である進取の気性は襲名後も生き続けている。 その一つが上方歌舞伎への深い愛だ。20年ほど前、「染五郎(襲名前の名前)関西人化計画」と自ら銘打って、上方歌舞伎を演じるために関西の匂いを身に付けようと考えた時期があった。「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」「乳貰(ちちもら)い」など生粋の上方の芝居に次々挑み、成果を上げてきた。 ■可能性が1%でもあれば かつて、「上方のお芝居の主人公には弱いところや欠点があって、そこが深くておもしろい」と語ったことがあった。 そして、12月2日に開幕した京都・南座の顔見世では、「雁(かり)のたより」という上方の喜劇に初めて臨んでいる。 「誰よりも自分が一番驚いている。断らなかった自分の勇気をほめたたえたい」。独特のユーモアで語る。それほどに、恋の騒動を描く「雁のたより」は上方の匂いが濃厚な作品。主人公の髪結い、三二五郎七(さんにごろしち)を、東京の俳優が演じるのはおそらく初めてであろう。 「山城屋のおじさま(坂田藤十郎)のお芝居を見たとき、衝撃をうけました。これぞ上方歌舞伎。ドラマとか、そういうものではなくて、雰囲気や匂いで成立するお芝居。可能性が1%でもあるなら、やってみたいと思った」 幸四郎になってもやりたいことはまだまだある。 「今の時代だからこそ、生でないと味わえない舞台を見直してみたい」 すべては歌舞伎のため-。その進化はとどまるところを知らない。 ■夢を追い続ける 10年ほど前になるだろうか。取材で将来の夢を聞いたことがあった。答えは、「市川染五郎(当時の名前)戯曲全集を出したい」だった。演じるだけでなく歌舞伎の戯曲を自ら書きたいという。「それが書店の棚にずらっと並ぶところを見てみたいんですよね」。当時から発想のとっぴさに驚かされたものだ。 しかし、幸四郎は自分の夢を次々実現していく。歌舞伎とフィギュアスケートのコラボ、オンライン配信の図夢歌舞伎の創作、上方歌舞伎の埋もれた台本を探し出して復活上演…。歌舞伎の可能性を、大胆に、奔放に、切り開いていった。 今、考えているのは、古典落語「死神」を歌舞伎の映像作品にすること。「ところが、先に米津玄師さんが『死神』のミュージックビデオを作られたんです。先をこされちゃいました」。ふっと笑った顔に、夢を追いかけ続ける少年の面影が浮かんだ。(亀岡典子)

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みんなの意見です(ヤフーニュース)

コメント数は、9件です。

  1. 1 2021-12-04 14:57:38
    高麗屋と播磨屋の両方の薫陶を受けた貴重な立場です。大変でしょうが播磨屋の芸の継承にも努めていってください。
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  2. 2 2021-12-04 16:44:24
    線の細い立ち姿や比較的高めのお声などは、上方の優男のお役が確かに似合いそうです。
    ですが、以前見た陰陽師での安倍晴明は、普段は温厚な優男でありつつも陰陽道を操る非現実味も漂わせていて、とても好演だったと記憶に残っています。
    御曹司ならではの爽やかさもあり、なおかつ影のある役も似合う、という方は希少だと思いますし、とっても魅力的な個性だと思います。
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  3. 3 2021-12-04 15:53:10
    バラエティー等での軽い印象があるかもしれないが、舞踊、世話物、丸本と何でもござれの凄い役者。

    いずれ歌舞伎座の座頭になる人です。
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  4. 4 2021-12-04 16:24:11
    お若い頃、新感線と阿修羅城や朧の森にやった頃は、仁左衛門丈の色悪的な演目、役を担う次世代は染五郎さんかな〜、弁慶役者っていうよりニンはそっち寄りなんじゃない?なんて良く思いましたが、高麗屋さんは江戸歌舞伎のお家だしな…と。

    関西人化計画、え?!っていうような上方演目えの挑戦、ほんとに始動し始めましたね。面白い!ワクワクしちゃうな。

    幸四郎さんと孝太郎さん或いは壱太郎さんで、いつか女殺油地獄なんて楽しみだなー。

    でも一方年齢重ねて弁慶役者家風の力強さや貫禄、江戸風の小気味よさものってきている。
    七変化であれやこれや色んな顔見せていって欲しいですね。

    死神は、子どもの頃から歌舞伎になったら面白そうだなー、なんで歌舞伎になっていないんだろう?ってずっと思ってきた。
    是非いつの日か。楽しみです。
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  5. 5 2021-12-04 17:02:30
    この人を見ると隠し事騒動の事をいつも思い出す。
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  6. 6 2021-12-04 17:02:59
    プライベートで隠し子が発覚した時はびっくりした記憶があります。
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  7. 7 2021-12-04 17:51:49
    お若い頃はちょっと色々だった印象があります。何せ少し軽めのいい男だったから仕方がないのかもしれませんが…

    阿修羅城の瞳とか大変良かったのを覚えています。
    でも一昨年の襲名披露を拝見して随分大人になられて男っぽさも増したなと感じました。
    歌舞伎では50歳を小僧というそうですが是非色々挑戦して欲しいです。
    死神、落ちが歌舞伎っぽいですよね。ストーリー性の高い上方向いていると思います。
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  8. 8 2021-12-04 18:05:41
    あと寺島しのぶさんを袖にした事も
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  9. 9 2021-12-04 18:07:59
    『死神』は30年くらい前に、夏木マリさん主演のミュージカルがとても良かった。
    歌舞伎の『死神』も是非観てみたい。
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